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裏富士6合目にて 75才の母です。馬にまたがって「いやぁぁーーっ 血圧が上がる!」「途中で降ろしてくれてイイから、アァ〜こわいぃ!」でも6合目に着く頃には「見晴らしが良くて 気持ち良いわね」「綺麗!」と感嘆の声。途中疲れ果てた小学1年生位のお子さんが馬に乗っている私達を羨ましそうに見ると お母様が「お馬さんも頑張っているからあなたも頑張りなさい」と言って諭したそうです。母は「ネッがんばってね、そうだよ」といったと後で聞き 若いのに偉いお母様と皆で感心しましたよ。 5合目から6合目を往復馬に乗り良い思い出になりました。一生に一度の贅沢でした。下に忍野村が見えます。雲がなければ山中湖も見えます。

     

母は昭和21年か20年7月、朝6時にK町から電車に乗り 富士宮駅から富士登山をした体験をしています。私は(16歳)5合目からですので この点でも負けています。母の富士登山の話を おおまかに記します。1合目で昼食、3合目着が16時頃で夕食。早い夕食とした理由は、3合5勺は室(むろ)で10名のグループには狭かったからです。3合目は木造3階建てだったそうです。3合目に宿泊。次の日の1時起床。月夜の中を登り、8合目が4時そこで御来光を見る。左側下に湖が見えたそうです。山中湖ではないでしょうか。9合5勺胸突き八丁あたりから、ヤマケにあい母はおはち巡りはしないで休んでいたそうです。砂走り、太郎坊を通りナントカ松?に下り最終のバスに間に合ったそうです。御殿場、沼津と電車で帰宅。(この部分は私と同じ) 下の画像は表富士です。 暗い富士登山とは違い5合目の駐車場から宝永山に向かい歩くこのコースは空気のビタミンともいわれるマイナスイオンを吸い 景色は日本庭園を思わせるような平らな道を歩きました。

 

向かって左の建物が新5合目休憩所の売店、駐車場です。右の建物が6合目の茶店です。左右の建物を結ぶ道と その下にもう一本道がありますが御確認できますか。下の道が私達親子の好きな遊歩道です。

 

植物分布   オンダテ、ムラサキモメンツル、イワツメグサ、ダケカンバ、コケモモ、タカネイバラ、ミヤマハンノキ、カラマツ、    シラベ、コメツガ、トウヒ、ウラジロモミ、ハリモミ、イラモミ、ナナカマド、    ブナ、スズダケ、ミズナラ、ヒメシャラ、イタヤカエデ、オオイタヤメイゲツ、ウダイカンバ

    

 私達の好きな宝永山が見えます。右の黒い上着のほうが75才の母です。注)左の方は三枝乎ではありません。

     

    

5合目から宝永火口までハイキングです。すぐ上の二枚は登山道からくだってきた時のもう一つのコースです↑(ワンちゃん(♀)と宝永火口まで御一緒しました。りんにもこういう体験をさせてあげたかったわ!宝永火口は第一火口、第二、第三と三つ火口があります。画像は第一火口のあたりです。ワンちゃんは大丈夫でしたが傾斜が急で 御年寄りには無理です。そして景色も良くありません.母と一緒の時は往復平らな道を歩きました。 コケモモとりの方もいらっしゃいましたよ。母の足で往復2時間かかりました。 宝永火口で富士山山頂、越前岳、水ヶ塚駐車場、ハエマツ等の木々を見ながら休憩した為です。若い私達の?足でしたら1時間で往復できます。

フジアザミとコケモモの実(私達は採りません。写真は撮ります)サンショウバラ(ハコネバラ)です。      

   

 

   

   

 以前は宝永火口と大沢崩れがなければもっと良いと思っておりました。今はこの部分も大好きになりましたよ! 

  

夕日があたり 富士山が噴火したような画像です。噴火しませんように!  下は富士宮浅間大社です。

 

二礼二拍手一礼 『参拝にゃんこ』cat chieko作

富士山は有史後においても度重なる噴火があり その災害を恐れた山麓の人々は荒れる火の神を鎮める為に浅間大社(名神大社の位置を誇り従三位で 香取、鹿島、熱田につぐ第四位にあたる格の高い神社なのです)を奉ったのです。人々は平安を求めて富士信仰に走り 富士山を神仏世界の接点と考え登山が行われるようになったそうです。

野鳥の森公園『樹氷祭』。西湖、精進湖、本栖湖からの富士山です。勇気を出し行ってきました。つららに感動!

 

 

 

 


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